プラザ合意からバブルへ

国債のすべて60ページの内容で、プラザ合意ってなんだっけ?確か田中角栄と関係があったと思うんだけどとか、何で内需拡大と低金利政策をやることになったんだろうっていう所になります。
でも田中角栄とプラザ合意の関係については触れません。
いつか深堀したいとは思ってますが、本を読み進めるのに最低限必要だと思う程度に調べました。
プラザ合意は1985年に主要5か国がドル高是正を目的として締結した国際協調政策です。
日本では急激な円高への対応として内需拡大政策と低金利政策が行われ、その結果、株価や地価が大きく上昇し、バブル経済へとつながりました。

1965年のベトナム戦争のあたりからインフレが始まり、1981年にレーガン政権はインフレを重要な課題と考えていた。
70年代から続く設備投資の鈍化、経済の低迷、国際競争力の低下など様々な経済問題があり、その中でもインフレが大きい問題だった。
インフレが大きいと貯蓄より投資への資金需要が高まり、インフレ率に牽引される感じで市場金利がひきあげられ、FRBはインフレ抑制のために利上げを行った。
このような利上げの影響により、海外からの資金流入が増大しドル高を加速した。
ドル高の影響により貿易赤字となり、また、ソ連との軍拡競争のための財源として国債発行を行ったことと、米国民への物価高対策として減税を行い、これらが財政赤字の主因となった。
この貿易赤字と財政赤字を双子の赤字と呼び、そのような状況にあった。
そこで85年に貿易赤字を是正の手段として、日本、イギリス、ドイツ、フランスを相手に米ドルに対して通貨の切り上げの為替介入政策の協調をお願いした。
これがアメリカの経済財政の背景とプラザ合意。
そしてドル円は円高ドル安に誘導されたということ。

プラザ合意後の日本では、高度経済成長期ほどではないがバブル経済となった。
プラザ合意に対応するために為替介入により円高となることで、日本の輸出企業の利益が減ることになってしまった。
そこで円高不況の補償のために、内需拡大政策や低金利政策を行うことにした。
公共事業を増やしたり、低金利により設備投資も増えた。
低金利による融資は株式や不動産にも向かい、資産価格の上昇につながり、融資の担保が上昇することで更なる融資に繋がるというような循環が起きた。

少しさかのぼって1981年からは鈴木善幸(ぜんこう)内閣が発足し、増税なき財政再建という目標を掲げ、その一環として、日本専売公社、日本電信電話公社、日本国有鉄道の三公社が民営化された。
74年頃に高度経済成長が終わり、その後の公企業の経営は惰性的となっていたようで、公企業のままでは経営効率が悪いというふうに評価され民営化された。
NTTの株式は国が保有していたが順次売却し、その代金は産業投資特別会計という会計に繰り入れられ、財政状況が改善した。
プラザ合意後の積極財政とバブル経済による税収増とNTT株式売却により、一時期国債発行を停止し国債の依存度も低下させることができた。

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