信用貨幣論とは何か?貨幣は「負債」なのかを整理する

どうする財源の第一章で、少し混乱したところがある。
信用貨幣論における貨幣の概念だ。

この本では、信用貨幣論の貨幣とは、信用と負債の関係の記録とか、その関係の記録を表す計算単位だと書かれている。
最初に読んだときはただの計算単位、つまり日本だとただの円ということだと思った。
だけど、どうにも違うようだ。
円といってもお金ではなく、信用と負債の関係を表す概念だ。

こんがらがったのは、普通の貨幣の概念とは日常生活の買い物で使う紙幣や硬貨のはずだ。
この貨幣は物理的な物だけど、信用貨幣論の貨幣は債権債務関係的な概念だ。

そして、債権債務関係と言ったけど、別の表現をすると信用と負債の関係となる。
ここでいう信用とは負債が履行されることを信じること。
ちゃんとお金を払ってもらえると信用すること。
そして負債は将来的に払わなきゃいけない義務を負うということ。

ここまでで信用と債務関係を表したものが貨幣なのかと思っけどそうでもない。
信用と債務関係の例として、労働者と事業者の関係を考えてみる。
労働者が労働することで給料を受け取る債権を得る。
給料が振り込まれる、払ってもらえると信用している。
事業者は給料を払わなきゃいけない。
給料を払うという負債が発生し、その債務を履行しなきゃならん。
ここで労働者と企業の間で、信用と負債の関係が発生するけど、これは概念的な貨幣ではない。

そもそも一般的な貨幣の定義として、
価値の尺度っていう金額で価値を表す機能と、
商品サービスを買う時の決済の機能と、
価値の貯蔵って言って、お金は腐らない、1円玉は1円玉のままっていう機能があることだ。
お金の価値はインフレデフレで増減するけど1円玉は1円玉で名目価値は不変。
企業が賃金債務を履行するために給料を払わなきゃいけないけど、企業は貨幣の創造はできない。
では、社債で労働者に払おうか?
社債は単位が円なら世の中に出回っている商品サービスと価値を比較することができる。
しかし商品サービスを買う時の支払いに使えない。
決済に使われる貨幣は社会の共通認識として一般化されているもので社債は一般的ではない。
社債は腐らないから価値の貯蔵はできるけど、会社が倒産したら社債の価値がなくなってしまう。

ウィキペディアには、信用貨幣論の貨幣について「貨幣とは共通の計算単位で表示された負債のことである。貨幣を負債の一種とみなす貨幣観を、信用貨幣論という。」と書いてある。
おそらく「どうする財源」の思想が繁栄されていると思う。
共通の計算単位で表示された負債負債の一種ということで身近なことだと銀行預金残高だ。
日本の銀行預金残高の単位は当然「円」で、この円は共通の計算単位だ。
そして負債の一種ということで、銀行預金は銀行にとって預金者の要求に応じて支払わなきゃならない負債である。
ここで、共通の計算単位で表示された負債で負債の一種であれば賃金債務も円で表される負債で貨幣の定義に含まれるんじゃないか?って思ったんだけど、貨幣の前提として一般化された負債というのがある。
だから賃金債務は一般的ではないから貨幣とは言えない。

ここまでのまとめと整理をすると、貨幣は何なのかというと、共通の計算単位で表示された負債で、負債の一種で、社債と比べて破綻する可能性の低い一般的に普及している信用された負債ということになる。
そして、価値尺度、決済、価値保存の機能を有している。
この条件に合致する負債は、日本だと日銀発行の日本銀行券と政府発行の硬貨と信用創造による銀行預金だ。
単位は円だし、国と銀行の負債だし、国は企業より破綻しにくいし、一般的に流通してるし、価格で価値を比較できるし、買い物できるし、貯金しても腐らない。
そして負債の一種、関係を表す概念だと書いたけど、銀行預金に残高があるということは、預金者にたいして負債があるということを表している。
そして日本の税金の支払いは円で払うことになっている。
これが、一般的に普及している信用された負債という貨幣として成立させている最大要因だ。
貨幣があるとは負債があるということだが、すべての負債が貨幣とはならない。

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